2014年06月30日

“文学青年”と繋がれた愚者

おはようございます。三回生のK.S.です。
今回は徒然なるままに書きます。
本題は三つ目です。

1軍戦について。
B級優勝おめでとうございます。
これ以上言うこともないので終わり。

反省会について。
個人的に今DSKに足りないと思う倫理観を三つ挙げときます。
1 自分で決めたことは最後まで自分で責任をもってやり通しましょう。
2 自分にできないことを他人に期待するのはやめましょう。
3 自分基準を他人に適用するのはやめましょう。
大学では年上(先輩)というだけで尊敬したり従ったりする必要はないなとよく思います。
一回生の人へ。自分で考える力を身につけましょう。
以上余計なお世話でした。


本を読んだ話。
小説「存在の耐えられない軽さ」(集英社文庫)を数日前読み終わりました。
著者は、チェコ出身でフランスに亡命した作家(ウィキペディアより)ミラン・クンデラさんです。
僕はこの小説を当然翻訳で読んだのですが、日本語として不自然に感じる部分も少しありました。やはり翻訳で海外小説は分からないのかもしれません。読後部屋に一人だった関係でどや顔ができませんでした。
さて、この小説はプラハの春を背景にした恋愛小説と紹介されますが、この表現は話のごく表層的な紹介に過ぎません。
出来事や物事・それに言葉の持つ意味の広がりが、各人にとって異なりながらも、社会生活という枠組みの中で重なり合っていくという、なんとも形而上学的というか、悪く言えば現実感覚がないのですが、実際は我々の生活の在り方そのものである、そんな実感に基づいて書かれているように僕には思えました。政治的な情勢ともうまく絡められています。
何となく食べ物で例えてみますと、この小説は皿に盛られた一つの透明なゼリーです。
このゼリーは一口スプーンですくって口に含むごとに味が変わるのですが、でも「味」として共通のものがあって、もしさっき食べた一口と今食べた一口を同時に口に含むことができたら、さらに深みが増すのではないかという想像を掻き立てます。
偉そうなことを言いながら、理解できない部分があったのはここだけの話。
やはり二流文化人の域を出られないでいるのでした。
私は二流以下ですが、この小説が一流を超えていることは保障します。
もし読まれた方があったら、ぜひ食べ物でこの小説を例えてみてください。投稿待ってます。



終わり。面白い体験がないと良い記事は書けないと思わざるを得ない。
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勝って兜の緒を締めよ

一部から暇な院生と言われているM1の松本です。
今日(昨日)は一軍戦でした。
同志社はB級を全勝でB級優勝しました。
選手の皆さんお疲れ様です。
今回は1回生が大活躍でした。幹事長も大事な一戦で勝ちましたし、主将(自称)のオーダー決めもかなり良かったと思います。
ただ第二代表で阪大に負けたので次にリベンジしてほしいです。


今回は結果は良かったですが、一軍戦前の準備段階の取り組みについては課題が残ったと思います。このあたりは主将(自称)や幹事長を中心に改善してほしいです。田辺勢は人が少ないので強化のために院生を使ってほしいです。(リーグ戦に入れるとか)1回生はまだ対局したことない人もかなりいるんで機会があれば対局しましょう。




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2014年06月25日

一軍戦 一日目

こんにちは、自称主将です。一軍戦の結果報告します。
同志社は、桃山学院大学、関西大学、甲南大学と対戦しました。

同志社ー桃山 7−0
同志社ー関西 4−3
同志社ー甲南 5−2

以上、3−0でした。関大戦が予想外に厳しかったですが、
一回生が頑張ってくれたおかげでなんとか残せました。
チームとしては合格点だったと思います。

個人としては、関大戦の勝つべきところで負けてしまったので、
よくなかったです。猛省しています。

来週は、大阪市立大学と大阪経済法科大学とA級3位の大学と対戦します。
各自準備をしっかりしましょう。

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2014年06月18日

何処へ行くの、ブログ2

最近のDSKブログが頑張りなさすぎな件。 2回生の辻岡です。 うまる〜ん。
ここんところの更新ペースが絶好調な気がする。というか6月の記事数が現時点で先月記事数に追いつこうとしています。先月と先々月少なかったからか。夏バテしろよ(自演)

さて、毎年6月18日はDSKブログ振り返り記念日ということで現在ブログを執筆されている方の記事の紹介をしましょう。いや、するべきだ!

M宅さんの記事。流石は文学部生、文才に卓越したものを感じる記事ばかりを投稿されています。 その記事で何度腹筋を壊滅させられたかわかりません。将棋の記事は少ないですが、また新しい日常ネタを期待中。私は方言に飢えている。

Y川さんの記事。真面目な内容の記事が多く一部員として考えなければならない問題を提示していただいています。
ご飯の記事が多いのが深夜飯テロであり、同時に嬉しい。

S塔さんの記事。初期は凡人(常人)には理解し難い難解な記事が多かった印象。最近はぽえみすとなる高度な存在に昇華された模様。カフェオレでコー(ry

私の記事。ネタ。



去年と比べて、執筆者が減ったので更新頻度が落ちているのでしょう。1、2回生の人はもっとかいていいんだよ?


1軍戦は22日と29日に同志社大学今出川キャンパス博遠館で行われます。レギュラーの人はもちろん部員は極力参加しましょう。
ではでは。

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2014年06月14日

蒸し、蟲、無視

女の子にバラムツを食べさせてあげたい。 2回生の辻岡です。 ブログが更新されないことなんて気にしなぁ〜い。

今月ももう中旬。梅雨の湿っぽい季節がやってきましたね。皆さんは雨は好きですか? 私は大好きです。自分の心の穢れた部分が洗い流されてゆくようで。以下、閲覧注意です。

私の通っている京田辺キャンパスはそれはもう頭に超が5つ付くほどのド田舎で、娯楽施設はおろか定食屋ですらまともにない、山々に囲まれた地形に位置しています。 当然、虫(私の最も嫌いなもののひとつ。トラウマ)も自然に比例して大量に繁殖しています。

家を出て鍵を閉めようとする→ドアの真ん中に黄色いガがとまっている→恐る恐る遠巻きに鍵を閉める(1匹目)
通学路に向かう坂の途中で「いつもの」スズメバチくんに道路をとおせんぼうされる→10分遅刻(2匹目)
大学前の坂に大量の毒毛虫がうぞうぞしている→なんとか踏まないようにタップダンスをする(3匹目)
10年ぶりに天井にとまった巨大なオニヤンマを見る→かっこいい(4匹目)
帰宅してシャワーを浴びる→握り拳大のクモが壁に出没→悲鳴を上げながらゴキジェットスプレーを大量噴射。見事、クモと自分の呼吸器系を撃滅(5匹目)

と、まぁこんな風に日常生活を……送れるかアッー!!!  もう嫌だ。虫のいないもうひとつのキャンパスに移住したい(涙)
皆さんも虫には気をつけてください。 ではでは。





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2014年06月04日

ダメダカラネー

「脚本を任されたんだ。却本、ブックメーカー、マイナス。世界を構築するのはどうしてこんなにすばらしいことなのだろうか。」(deep stone より) 2回生の辻岡です。 月の記事数は4倍ずつ増えていくに違いない(錯乱)


GJ部1期見ました。 初回をみた感想は平凡な日常アニメで止まっていましたが、回を進むごとに面白さは度を増していき最終版では実家のような落ち着きと安息を得られるものに変わっていきました。まるでキルミーなんとかのように。 登場人物は皆個性的で可愛げのある奴らばかりですが、その中でも私が特に気に入っているのが天使恵(てんしちゃんではない。天使ちゃんマジ天使)ちゃんです。皆の世話をするのが好きで、皆に紅茶を淹れるのが趣味である。また、お菓子作りや編み物も得意。得意科目は歴史で、物理が苦手。方向音痴であり、ショッピングモールなど広い場所に一人で行くと迷ってしまう。」(wikiより)


これだけでも惹かれる要素が大アリなのにヴィジュアル面でも優れているといえばもう言うことなしでしょう。 EDも3話ごとに変わるのでマンネリ化することもありません。2期もあるらしいので見てみようと思います。


昨日は棋聖戦五番勝負第一局が行われました。難解な中盤から先手の森内竜王が飛び出して、途中優勢な局面もありましたが、羽生棋聖が妙手で終盤の流れを一気に引き寄せ押し切りました。名人戦からこれで5連敗。流れを変えてもらいたいです。 ではでは。
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2014年05月30日

ノーポエム・ノーライフ

こんばんは。三回生のs塔です。
本日は文化人らしく文化的なお話をお届けいたします。
なお将棋とはまったく関係ありません。

本日私はY川君に連れられてコーヒーを飲みに行きました。
ラーメンを食べに行って帰る途中だったので、コーヒーの味が分かるかどうか不安でしたが、Y川君おすすめのコーヒーとはいったいいかなるコーヒーなのかという興味が強く働いたのでした。
そんなわけでひょこひょことついて行って、店内へ。
時刻は夜十時ごろ。
入ってみるとなんとも小粋なジャズが流れていて、おしゃれです。
さて、カウンターに座って注文する段になりますと、マスターから、あったかいコーヒーを出すのに一時間ほどかかるといわれました。
どうも先客の方の注文がややこしく時間のかかるものだったかららしいです。
そこで、我々はしばし逡巡の末、冷たいカフェオレを注文しました。
注文が来るまでの間、Y川君は本を読んでおりましたが、私は目を閉じてジャズに耳を傾けていました。
分かってる人間っぽくしたかったのですが、どう見てもにわかです。本当にありがとうございました。
そんな感じでゆっくり待っていたら、カフェオレ完成。
グラスを見るとミルクの層とコーヒーの層にはっきり分かれていて、ちょっと感心しました。
そしてマスターから、マドラーでかき混ぜてお飲みくださいと言われます。
マドラーなんてしゃれたもの使ったことないのですが。
もしかしたらここはあえて混ぜずに飲むのが通というやつなのかもしれない。
試されている……!
とか一人で葛藤していたらY川君は普通にマドラーを取ってました。はい。はいじゃないが。
かくしてあっさりと私のマドラー初体験と相成ります。
混ぜ具合とか全然分からなかったので超適当です。
なんかなめらかな茶色になったとこでやめました。
作ってくれたマスターの苦労とはいったい何だったのだろう。一瞬の輝きに命を懸けるマスターの心意気を感じました。嘘です。
さて、待望のテイスティングタイム。カタカナが何ともおしゃれ。今一秒で考えた単語だけど。
とりあえず口に運んで、舌の上で転がしてみる。
感想。コーヒーが牛乳でまろやかですね。以上。
コーヒーというと香りかと思っていたのですが、冷カフェオレに期待するものではなかったようです。
相変わらず目を閉じて味わって分かってる感を醸し出そうとしていました。
するとY川君に、「眠いの?」と言われました。かなC。
私は「味と音を楽しむのに目を閉じているから(震え声)」と答えざるを得ませんでした。
私がそんなことをしている間もずっと、店内はずっとジャズの心地よい音色で満たされています。
味の分からない私は早々に飲み終えてしまい、読書するY川君を横目に見ながら、目を閉じてジャズを聴いていました。
私どんだけ目閉じるの好きなんだよ。
それはともかく、聴覚に意識を集中させますと、落ち着いてそれでいて軽やかなメロディに心を預けてしまいます。
例えるなら、それは故郷。私のぽえまー魂が覚醒した瞬間でした。
マスターは我々二人ではない別のお客さん達とお話していたのですが、そこでふとコーヒーの飲み方の話が出てきます。
ゆっくり少しずつ口に含みながら飲むと、口の中で液体が変化していくらしいです。
さっき一口にいっぱい飲んでた私とは何なのだろう。野蛮人かな?
それはともかく、その話を受け、私はゆっくり飲んでいたY川君の好意に甘え、少しカフェオレを分けてもらい、口に含みました。
するとたしかに、時間とともに少しずつ味が濃くなっていくような気がしました。
例えるなら、それは男の人生。
全体を整える牛乳のまろやかさの上で、少し酸味がかった苦味が増していく。
酸いも甘いも経験したハードボイルドな男にぴったりではなかろうか。
経験を経るごとに人生の味を知る男の孤独な魂が、徐々に味を濃くしていくカフェオレに濃縮されている。
私はそんな風に感じましたが、とても口に出しては言えませんでした。
さっきまで適当に飲んでいた人間の感想とは思えません。
私はいつの間にか雰囲気に飲まれ、ぽえみすとになってしまっていたのでした。
そんな私のぽえみーな言葉を少し紹介します。

曰く、こういうお店には小雨が似合うと思う。
ぽつぽつ降る雨の間隔が、時間を長くさせるから。
(マスターの、コーヒーの店は雨の日と暑い日ははやらないとの言葉を受けて)

ふるさとにはゆっくりした落ち着いた空気が流れている。
実家で居場所があるのは素晴らしいことだ。
(勢い余ってY川君に話しかける)

海が見たい。
僕の実家近くの堤防からは、空と海の境目の水平線がずーっと広がっているのが見えます。
(同上)

感じ方というのは、時、場所、隣にいる人なんかで変わってくる。
なんなら、同じ感じ方をすることは二度とないといってもいい。
(マスターの、うちでは水にこだわっていない。二回蒸留した水道水を使っている。コーヒーは水ではよくならない。うちの水がおいしく感じられるならそれはグラスのせい、という言葉を受けたY川君が、プラシーボ効果?と小声で言ったのを受けて)

僕はずっと詩人です。
(Y川君の、今日えらい饒舌やな、詩人か?との言葉を受けて)

ぽえみーな時間は、ゆっくりと意識させないように過ぎていきます。
雰囲気に若干飲まれたまま、十一時になり、ラストオーダーの時間を過ぎ、我々の先客が帰るのを確認。
我々も少し遅れてお会計を済ませ、店を後にしました。一人700円です。
支払った時は、それほど高いと思われませんでした。
ジャズの雰囲気は相当なものだったのです。
私も相当自分に酔いました。
マスターが、お酒みたいなコーヒーだと言ってもらえたら本望だと言っていたので、私はこれで良かったのでしょう。
マスターは自身のコーヒー店観として、こんなようなことを言っていました。
世間にあるコーヒー店の99パーセントは、みんなが話題にしてたり雑誌に載ってたりするだけの、ただの普通のコーヒーしか出さない。
もっとゆっくりコーヒーを味わう店があってもいいはずで、うちはそれを目指している。
たしかに私は、コーヒーと雰囲気と陶酔した自分を存分に味わうことができました。
帰り道Y川君が言うには、この店は難しい本を読んで自分に酔うのにあってるらしいです。
私は広い草原のようにさわやかな小説を読むのに適していると思いました。酔いが抜けてません。
ここで突然クイズ。
Y川君にコーヒーの味はどうだったか聞かれた時の私の返答を簡潔に答えなさい。
答え。
カフェオレでコーヒーは分からないよ(キリィィィィィィィィィィィッ
文化人的なふいんき(なぜか変換できない)を最後に醸し出すことができました。
Y川君は一瞬あきれたような顔をしたように思います。私もそれに同感です。申し訳ありませんでした。
若干すさんでリア充にはとうていなれない私であっても、人生の喜びを高らかに謳う詩人になることができる。
そんな素敵なコーヒーのお店のお話でした。
逆から見れば、私はどれだけ現実感覚がないのだろう……と反省を要求してきます。
十年後にぽえみーな感想を思い出したら、真っ赤になって悶絶するのかもしれない。
大いなる未来の到来を予感させる、非常に有意義な時間でした。
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2014年05月27日

危機一髪みやけちゃん

同志社大学構内で女子学生を前に男が息を荒らげる事案が発生。四回生の三宅です。
当然ですが、何ら法に触れるような状況でなかったことを付記しておきます。念のため。
また、以下の二日目編とは一切関係がありませんので、期待している方は無駄であることも付記しておきます。念のため。

太陽が準備体操を始めたころ、下宿のそれよりはるかに上質であることがわかるベッドから上体を起こした。宿泊場所、チサンホテル浜松町は交通の便に優れた立地条件である。どれくらい優れているかは、前日も沿線からの電車の音がよく伝わってきて寝付くまで時間がかかり、朝もこうして列車の通過音が目覚ましになっていることからも分かろうというもの。大都会東京の夜はおそく、朝は早いのだ。
部屋の壁の一か所、四角く切り取られた向こう側には、昨日同様快い天気になることを予感させる空模様が広がっていた。突き抜けた青い空、さぁ出かけよう、といきたいところだが、残念なことに私は神様でもないし中学生でもない。人間様で大学生な私は、こんな絶好の観光日和にも関わらず、今からこのホテルにこもって将棋を指さなければいけない。
「やだー。おんもに出たいー」と春らしく、歩き始めた子どもと同程度の知能のみーちゃん(17歳)が駄々をこねてみても、「じゃあホテルの宿泊費用と往復運賃、返してくれるかな?」と返されてしまえば、アナ・コ○ポラよろしく「ぐぬぬ」と歯噛みするか、馬超よろしく「むむむ」と唸るしかない。ちなみに後者なら誰かに李恢よろしく「なにがむむむだ!」と突っ込まれることになる。それにしてもこの文章、さっきからよろしくし過ぎ。ブラックジャックかよ。

将棋を指すという事態はスピードスター並みに回避の仕様がない事態なので、とりあえず朝食を摂ろうと自室を出て一階に下りる。
バイキング形式だった。先ほどまでの陰鬱な気持ちは吹き飛んだ。
え、これ食べていいの? ロハで食べていいの? 好きなもの、好きなだけ食べていいの!? この学生名人戦出場が決まった日の晩御飯とて、ちょっと贅沢をしようと饂飩を2玉食べた程度に貧乏性な私にとってこれは何ともおめでたいことである。2年前も朝食はこの方式だったはずであるのにこうしてはしゃいでいる時点で、私の頭も何ともおめでたいことである。
せっかくなんだから肉だ、肉を食べたい! 草食系男子との定評がある私も、このときばかりは竹達彩奈に次いで肉を欲する存在になっていたに違いない。ところで僕は友達が少ない、って別に危惧すべき状況ではないよね。私は友達がいない、に比べれば(遠い目)。
野獣と化した私は、しかし、「まずうちさぁ、アイス・・・あんだけど・・・食っていかない?」とばかりに迫真の無表情でアイスクリーム様(右上から時計回りにオレンジ・チョコ・バニラ・イチゴ・マスクメロン味)が鎮座なさっているのを見て態度を一変させた。
平素より甘い生活に飢えている私は、他の料理そっちのけで五色を胃袋にガンガン(ウイングでもパワードでもない)収めていった。いやまぁ肉もいっぱい食べましたが。
勿論この間も絶賛孤独のグルメであることは言うまでもない。

まんぞくまんぞく、と何やら男装の女剣士作品タイトルが如き気分のまま、9時半より一回戦が始まった。指し手が進む中、私は盤上のみならず別に戦闘を抱えることになっていった。焦りが出てくる。
落ち着け。クールになれ! 普段は遊び人の私もこのときばかりは賢者に転職し、冷静に対処法を見出す。この手の場合において、基本は各個撃破である。優先順位を決め、駆逐してやる! の決意を胸に、「失礼します」と対局者に述べて席を立つ。
そして戦場予定地へ駆け込む。
腰を下ろし、私は反省の弁をひとりごちる。
「アイス……食いすぎちゃったな」
できればかつての暗黒史ごとお願いしたい、主に中学時代、と思いながら水に流す。奇居子の撃滅を確認。
すっかり一仕事終えた晴れ晴れとした気持ちで戻ってくる。……そうだ、まだ対局終わってなかった。

難しいところもあったが、幸いにして勝ちを拾った。
二回戦は午後1時より。その前に昼食である。やはりホテル一階のレストランへ。
バイキング形式だった。あ、前に見たやつだ。
しかし無論内容は変わっていた。朝のやや軽い印象を受けるものから、ランチメニューらしいボリュームを感じさせるものが配されていた。でも、昼食もバイキングだってこと、忘れてたなぁ。朝のが残ってるんだけどなぁ。とはいえおいしそうな料理を前に、肉食うぞー、と料理を見回す。
すると見つけた。朝食時と同じ場所、アイスクリーム様(右上から時計回りにオレンジ・チョコ・バニラ・イチゴ・マスクメロン味)。アイスの魔の手からは絶対に逃れられない!
喉元過ぎれば熱さを忘れ、腹部を過ぎれば冷たさを忘れるのである。とりあえず全味食べた。やはり孤独のグルメだった。

二回戦はいいところなく敗れた。相手の方はさすがの指し回しだった。
将棋から解放された私はホテルを出た。さて、すぐそこにポケモンセンターあったから、ケッキングのぬいぐるみでも買って帰ろうか、とその場を後にしたのだった。なお、ケッキングのぬいぐるみはなかった。なんだよ、ケロマツって。あとメガ進化って何?

以上。確か自戦記宜しくお願いします、と伝えられたのですが、自戦記ってこんな感じですか!? わかりません><
というわけで、それではこの辺で。四国編、別にもういいでしょ。
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2014年05月25日

ぶらぶら

料理の品目多いよね。四回生の三宅です。
筆を折ったつもりでしたが、某筋から記事を書いて、と依頼されましたので、捨てた筆を拾ってきました。

諸事情あって東に行くことになった。金曜日のことである。今日も今日とて松賀咲ちゃんと太秦萌ちゃんと小野ミサちゃんが出迎える今出川駅から地下鉄に乗り京都駅に着く。心と体、それから懐も常に軽く、をモットーにしている(最後については言い訳との見解もある)私には珍しく、やや大きめのバッグを肩から提げている。因みにミサちゃんが一番だと思う。異論は認めずにはいられない。
社会から独立を宣言している私には、京都に起居する見ながらも、ほとんどなじみのない場所である。引きこもりなりに地下鉄は使わないでもないが、他線への乗り換えのために四条若しくは竹田で下りることがほとんどである。尤も、ここで下りた理由も乗り換えるが故なのだが。
しかし今日の私は一味違う。今から乗るのは阪急でも近鉄でもJR湖西線・奈良線・山陰本線のいずれでもない。そう、新幹線(新感線ではない)なのである。
新幹線に乗車というだけで、播州の山猿にとってはトキメキ指数急上昇の事態である。新幹線使うとか何だかとっても大人な感じじゃない? なんていうかビジネスパーソンみたいじゃない? なんか英語もバリバリ(死語)話せる有能な一流サラリーマンっぽくない? ところでビジネスってどう綴るんだっけ?

新幹線の本数が地元の私鉄よりも多いことに驚愕しながら、東京行きののぞみに乗る。気分は完全に、遠くへ行きたい。
進行方向左手の席に座り、ものすごい速度で流れていく景色を窓から眺める。安土・観音寺、彦根、佐和山などとかつての戦国武将の本拠地を通り過ぎていく。清州城天守が見えたと思うや、「まもなく名古屋」とのアナウンスが。30分ちょっとでナゴヤ県にたどり着いたことになる。かがくの ちからって すげー!
名古屋を出ると新横浜まで止まらない。東海道を行く。掟ポルシェならば川という川を泳いで移動することになるが、私は三宅なので新幹線で何事もなく通過していく。途中静岡県の広さに辟易しながらも、新横浜、次いで品川に到着。二時間と少しで、先の都から現在の都に着いたのだ。かがくの ちからって しびれるー!

「わー、東京だー!」と周囲を見回しつつ歩く。誰が見てもおのぼりさんである。上京してきた若者が都会を珍しがっている状況。
時計の両針が天辺から少しばかり右へ傾いたくらい。朝から何も口にしていなかった私のぽんぽんが自己主張に躍起になっている。
宮本常一の父ならずとも、旅をすればその土地の食べ物を摂るべきという考え方は誰しも持つところである。
よし、もんじゃ焼きってのを食べよう(提案)。
地下鉄に乗って月島へ。それにしても、大阪もだが東京の地下鉄複雑すぎ。京都を見習ってほしい。逆に京都の地下鉄は運賃を見習ってほしい。まぁ難しいのは承知ですが。
地上に出ると、もんじゃだった。ある程度は覚悟していたけど、そんなもんじゃなかった。道の右ももんじゃ、左ももんじゃ。もんじゃがゲシュタルト崩壊。
さぁ、孤独のグルメの始まりだ。
適当に入ればいいか、とお店をのぞいて回る。旅行なのだろう、たくさんの中・高と思しき学生さんたちで結構いっぱいである。うわぁ、ちょっと入れないっすわー。うら若き少年少女たちの中にぽつんと鬚のおj……お兄ちゃんがいるのは最早軽犯罪に属するのではないかとすら思う。いや、気持ちの上では私も17歳やってますけどね。
それなりに席の空いている店を見つける。よし、ここに入ろう。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
ハードボイルドに右手人差し指を上に突き出す。人としゃべるのが苦手だからだという説は取り上げるに値しない。
「一名様ですかぁ。ちょっとお待ちください。(店員、奥に行って)ひとりだって、どうする?」
店員、こちらに戻ってきて、
「すみません、お席が空いてないんですよー」
「そうですか、すみません」
店を出る。

孤独のグルメ、完。

店側からすればひとりで鉄板一枚を占領されるから、回転率が悪いのだろう。事情があるに違いない。
それにしたって世界はぼっちに対してあまりにも非情である。
帰りたい気持ちが体を支配していくのをじっとこらえて、別の店に入る。
「ひとりですけど、大丈夫ですか?」と恐る恐る尋ねると、「大丈夫ですよ」と快く迎えてもらえた。孤独のグルメ、再開。
よく分からないので店員さんにお勧めを聞き、それを注文。
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お、これをスプーンで食べるのかな? バカなことを考える横で、私がもんじゃ初体験であることを看破した店員さんが、手際よくかき混ぜて鉄板の上に流し込む。
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出来上がり。しかし湯気であまりちゃんと映っていないな。BD・DVD版では湯気が消えます。
播州では見かけない形状である。食感も、どろっとしており、粉ものはお好み焼にしろ焼きそばにしろたこ焼きにしろ、固形物である関西の住人には新鮮であった。勿論おいしい。
この際なので、お好み焼も頼んでみる。孤独のグルメ、続編。
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お、これは関西人の腕を試されているのかな? アホなことを考える横で、私がお好み焼を作ったことがないことを看破した店員さんが、手際よくかき混ぜて鉄板の上に流し込む。
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出来上がり。これは湯気が映っていないな。BD・DVD版ではお好み焼が消えます。
こっちとは何だか違う気がする。何が違うのか説明できないが。当然おいしい。しかし慣れ親しんでいる分、どうしても関西のお好み焼の方が好みなのは仕方ないところである。
おなかが膨れ、一方で財布のスリム化に成功した私は、宿泊先のチサンホテル浜松町に戻り、東京砂漠一日目を終えたのであった。

二日目編に続くかは謎。そっちの方が重要ではないかという声もあるが。
それではこの辺で。


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2014年05月08日

一月が過ぎて

 誰も書かないですねー。どうも、3回生の吉川です。

今年は我らがDSKに結構な人数が入りました。しかも熱心な子ばかりです。おそらく私が新入生だったことに持っていたと思われる熱意をすぐ近くで感じ、何となく若返った気がします。そのためか、自身のモチベーションが上がり、大変に喜ばしい状況でございます。このままいけば「いちりゅう」(一流ではない)の将棋部員になれる気がしてなりません。(去年まで楽だと思っていたのですが…何が起こったのでしょうかねー、ほんと)

 以下、一年生の皆さんへ。
一年生の皆さんは同志社将棋研究会(DSK)に入って一月が経ちましたね。もう、うちのサークルの空気に慣れられたでしょうか?。私的には、慣れすぎて新鮮味を失った子が何人もいるように見受けられるのですが、どうなんでしょうかね?(笑)最近若干名が机の上でジャラジャラしているのを見てそう思います。別に「部」ではないですし、するなとは言いませんが、将棋をほとんど指さずにジャラジャラばかりしている子を見るとなんだかなあと思ったりします。別に、いちりゅーの将棋部員になる必要なんて全くないですが、せっかくの機会です。互いに切磋琢磨して上を目指していってもらえればと思います。

 とまあ、新入部員のほとんどが存在を知らなかったというこのDSK井戸端日記に色々と書き込んでみました。直接に言やあいいのに、ヘタレですね。見る人なんていないかもしれませんが、もし、ちらりとでも見て、自覚があるのであれば、少しでも改善していただければ幸いでございます。
眠すぎて、だいぶ文章がおかしくなってないかが不安です。

追記、GW中に実家に帰りました。その時に実家の手伝いで野菜植えて、サクランボの木に網かぶせて、草むしりしたら体力が尽きました。あれですね、私は実家は継げないようです。おとなしく勉強します、はい。

 
以上、寝ます、おやすみなさい。
今後とも、DSKをお願いします。
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2014年04月16日

ウチクダケー

活路はこの手に。 2回生の辻岡です。 Knights of Sidonia.

「シドニアの騎士」一話を視聴しました。ただのロボットものと高をくくるなかれ、この作品の世界ではなんと人々が自らの生命活動の維持に光合成を活用しています。私のしょうもない昔の記事を覚えて下さっている方はここでピンときたかもしれませんが、以前全人類をミドリムシと同じ光合成を行える生命体に変えることを、このブログで提案していました。偶然にも自分の愚考していたことの断片が全く知らないところで一致していたことに喜びを感じました。もちろん、ブログを書き始めたのが、原作よりも後なのでそこからアイディアを盗ったと思われても仕方ありませんが…  作品本編も素晴らしいの一言に尽きます。全編3DCGでぬるぬる動く。「宇宙」で「3DCG」といえば昔、テレビで流れていた「FREEDOM」というカップラーメンのCMを思い出します。 まだまだ話の序盤で何が起こるか見当もつきませんが玉に瑕なのが1クール、つまり12話しか放送されないことでしょうか。最近のアニメ事情を論評できるほど私はオタクではないですが、1クールだと登場人物の紹介とそのバックボーン、分裂と再集合等を描いて終わってしまうので、せっかく広げた風呂敷が回収されずに終わってしまうのもザラではありません。2クールならばあるいは…


1回生、並びに新入部員(変換したら侵入部員となった 他意はない)の皆様、本サークルは「色々な」ひとが跳梁跋扈している稀有なところですが、上回生を捕まえて「おい、将棋しろよ」と自分の棋力の向上に利用すればあなたも立派な将棋部員です。 大学入学からあまり月日は経っていませんが、ブースに来れなかった方も是非BOXにいらして下さい。 ではでは。
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2014年03月28日

水平線まで何海里?

前回のあらすじ:新入生に対する記事も書こうとせずに、誰が得をするのかも知れない旅記事を書く私こと三宅は、竹原で所謂ヲ○クと勘違いされる悲劇に見舞われたのだった。

2日目。松山ICから松山自動車道に乗る。本日の予定経路を大まかに言うと、四国を南下するルートである。
松山道に入ってすぐは右手に海が見えたものの、数十分でたちまち山の中。四国山地をひた走ることとなった。
途中、「双海」の地名を目にしたが、これは上灘と下灘という地が合併するに当たり、両者に灘の字がつき、海に関係することからの名である。無論、亜美・真美とは関係ありませんよ、プロデューサーさん。しかし「双海」で検索すると、やっぱり上位にあの双子キャラのページが来るんだよな。この現象は、例えば高槻や秋月ではなかなか起きるものではない。別に双海の知名度が低いだとか言うつもりではないので、双海出身者や関係者は荒らさないでください、お願いします。

大洲南ICを下り、本日最初の目的地が見えてきた。
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相変わらず、絶望的な撮影技術であるがご容赦のほどを。
ICの名称から分かる人もいようが、大洲城である。歴史を紐解けば、鎌倉末に伊予守護、宇都宮豊房が築いた地蔵ヶ岳城を始まりとする。湯築城の変革でも登場した小早川隆景による伊予平定後には戸田勝隆や藤堂高虎、脇坂安治と城主を変え、この頃に近世城郭として整備される。元和3(1617)年に加藤貞泰が入城して後は加藤氏が明治まで続くことになる。
天守は明治21年に取り壊されたが、天守に付属する台所櫓や芋綿櫓・高欄櫓・三の丸南隅櫓は現存する。また、木造のためなかなか認可が下りなかったが、平成16年には天守が復元された。
天守を再建するなら木造に限るとは誰が言っていたのか忘れたが、コンクリート造りのそれに比べると、確かに何処か暖かみがあってよい。
ところで、大洲城には「◯」の旗が立っている。加藤の家紋である蛇の目紋だろうと、左胸の辺りにやはり◯の模様のついたジャージを着たガイドさんに尋ねる。
案の定であった。次いで話を伺うに、城主の加藤家は、熊本の加藤清正らの加藤家とも、松山の加藤嘉明らの加藤家とも違う筋らしい。それでも、嘉明らとは、遠いところで繋がりはするらしいが。
さらに言えば大洲市章も同様の模様であるが、これは蛇の目紋のみならず、大洲の頭文字「O」にもかけた意匠であることを聞き、感心した。

市内の観光地としては他に臥龍山荘がある。
江戸時代、城から少しばかり離れた肱川のそばに、藩主加藤泰恒が桜を吉野から、楓を龍田から移植して遊賞の地とした。その後次第に荒れていったが、明治30年頃に河内寅次郎なる人物が当地を購入し山荘とした。
故に歴史としては決して古いものではない。しかし随所に創意工夫が施されており、臥龍院の霞月(カゲツ)の間の手の込み具合は、実際にその場に座り案内を聞かなければ創意の何分の一かも理解できないであろう。

昼前に大洲を発ち、昼過ぎに宇和島に到着する。流れで見れば、次なる目的地は言わずもがなである。
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これは結構上手く撮れてるんじゃね? 宇和島城だ。
宇和島の地は西園寺家が支配し、板島丸串城を築く。後に藤堂高虎によって近世城郭の体を成した。それにしても、前回からこの男出てき過ぎである。
小高い山の上の当城には、門と石垣のほか、ご覧の天守が現存し、天守は重文に指定されている。しかし画像からも分かるように、3層3階と大きいものではなく、他に建物が見当たらない本丸部にぽつんと建っている感じで、なんだか寂しい雰囲気である。
街を一望する。南予では中心ともいえる都市であるが、パッと見たところ、城下町でもあるのに、お屋敷の類が見当たらない。城からは宇和海を眺められる港湾都市であるから、もしかすると戦災があったのだろうか。信頼性に定評のないWikipediaで確認したところ、やはり街の大半がそれによって焼失したようだ。

さて、今日のお宿まではかなり距離があるのでそろそろ出なければならない。宇和島からさらに南下する。
いつの間にやら高知に入り(助手席で意識を戻したら宿毛だった)、右側にはひたすらに海が続くようになった。カーナビゲーションの案内を無視して、不意にトンネル手前で右の細い道に入った。突然の寄り道は、父の車に乗っていれば日常茶飯事である。
叶崎というそうだ。車を停め、外に出てみる。これはよい景色の予感。背後の高台、石段がある。神社なのだろうか。
日ごろの運動不足を痛感しながらも、幸い大した高さでないため、1分そこらで上りきる。闖入者に鳥が驚いて飛び立つ。
やはり小さなお社があった。他に人は誰もいない。残念ながら木が少々茂っており、大パノラマとはいかないが、天気も良好で水平線がくっきりしている。
水平線が丸く見える。どうやら錯覚らしいことを聞いたことがあるが、それでも広大さを実感せずにはいられない。そして同時にもの哀しいような。白鳥はかなしからずや。……違うよ? 若山牧水を好きな某キャラクターに影響されているわけじゃないよ?

結局ケータイでパシャるのを忘れて、今少し海岸線を行く。
この辺りで有名な海岸は、となればここになるのだろうか。竜串で再び車を停める。今度は予定通りである。
竜串の海岸は奇岩で知られる。長年の自然の営みによって形成されたのだろう。
浜で貝殻探しに興じる。17も何度か経験したいい大人が何をしているのかと呆れられそうだが、隣では60に達した更にいい大人が同様のことをしているので許してほしい。貝殻とは異なる、突起がニョキニョキと生えた白いものを拾い上げる。これは珊瑚だろうか。画像はない。

貝遊びに熱中している間に時間を食った。南国の夕焼け空が迫る。海にほど近いはずなのに、山の中の曲がりくねった道を行く。君を忘れない感じだろうか。
山道(福島正則や馬場信春の旗ではない)を抜けて、夕焼け前に最終目的地にたどり着いた。
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足摺岬。四国最南端の地である。厳密には云々とあるが、とにもかくにも最南端として有名なのだ。
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いい感じの崖である。柵をうっかり乗り越えれば、「がけでけが」どころの騒ぎではないし、ここに追い詰められたならば、やってもなくとも殺人を犯したことを白状したくなる。さぁ、お前の罪を数えろ。
この辺りの海岸では一時期に限り、ダルマ夕日というものを拝めるそうである。これは太陽が水平線に接する直前、光の屈折によりもうひとつ太陽が海面に映り、このふたつが重なり合った瞬間に、あたかも海からダルマが顔をのぞかせているような光景が現れることを指す。よく分からないのだが、とにかくそういうことらしい。そしてまさにこの時期なのだ。
日の沈む方向に車を走らせて追っかける。しかしなかなかその方向に水平線が見えるロケーションが見当たらない。
日没まであとわずか、という段になって、ようやくよさげな場所を見つける。いざ、ダルマ夕日!
しかし……はるか向こう、水平線と重なるようにして半島状に土地が突き出ていることに気づく。果たして、太陽はその裏に潜り込むように沈んでいってしまった。無念。

この晩は足摺の旅館にて、高知の郷土料理として有名な皿鉢料理に舌鼓を打ち、2日目を終えたのであった。
2日目編了。最終日編に続くかもしれない。モチベーション次第。
それではこの辺で。

追記。新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。これを見てくださっているからには、将棋に多少なりとも興味をお持ちなのでしょう。将棋研究会一同、心よりお待ちしています。
また当研究会は、旅行記・ゲームプレイ日記・イラスト公開・世界への敵対表明演説・資格取得奮闘録・読書日記・アニメ批評・ダイエット論・黒歴史化決定の小説的な何か・コピペ改変・美樹さやか(笑)評論、その他文芸的営みをするサークルではありません。ですので、「将棋研究会入ったら、こんなの書かされるのかよー。だったら入るのやめよー」と思わずに、気軽にいらっしゃいませ。


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思うことをただ書いてみる

 お久しぶりです、吉川です。早いもので私も3回生になろうとしています。新入生として入ってきた2年前は大学の4年間は長いのだろうなあと思っていましたが、いざ振り返ってみるとあっという間でした。そう考えると、充実した日々だったのかなあと思ったりします。将棋ばかりしてきたわけではありませんが、充実しているのならその理由7割くらいは将棋のおかげです。サークルでつるんで、他大学の人と知り合いになって、ということができたのは自分が将棋という一芸を持っていたからだと思うとやはり将棋をやってきてよかったなあと思います。将棋なんて年寄じみているとか、華がないとか地味だよねと言われますが、まあ否定はしません。でも、やっていて言葉を使わなくとも話ができるという言葉にしづらい面白い感覚が持てるし、勝っても負けても自分の納得できる将棋を指せて、そんな棋譜を残すことができるっていうのはなかなかに良いものです。将棋っていうのは大体人と人との意地の張り合いみたいなものです。そう考えるとスポーツもある種通じるものがあるのではないでしょうか。以上、私のつたない言葉では伝わりがたいと思いますが、結論、将棋は良いものです。将棋に少しでも興味を持っている方がいるのであれば、将棋部の門(部室の扉は普通にドアだが)を叩いてくださることを願います。
以上、宣伝でした。

 追伸(?):学生選手権の個人戦は予選落ちでした。そのうちの1戦、内容は結構ひどいですが(実際、I先輩とBKに永遠とディスられた)、自分としてはらしい将棋が指せました。団体戦の反省棋譜と合わせて、時間できたらアップしたいです。
 あと、明日は個人戦のベスト16以降の対局があります。興味がある人は見に来てはいかがでしょうか?
と書いてはみたものの、ここを見てる人はいるのだろうか(笑)まあいいや、それでは、本日はこの辺で。また次書くときがあればよろしくです。
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2014年03月24日

湯治都市

げんじつ が あらわれた! 
→にげる

というわけで多忙な現状に小休止を挟もうと、三連休に私こと三宅は父の運転のもと山陽自動車道を西に向かった。相変わらず私は名ばかりドライバーなのである。
河内インターを下り、山道を少しばかり海側へ。
午前9時前のまだ静かさが町を占める中、駐車場に車を停めた。
歩き出すや否や現れた光景に、おっ、と思った。
川を挟んで向こう側、かの”有名な場所”を目の当たりにしたからである。すかさずケータイを向ける。
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この写真を以て、ピンと来る方は私が何処に来たかお分かりいただけるであろう。そう、ここは広島県竹原市である。

竹原は海に面するという土地柄、塩分濃度が高いために江戸初期の新田開発に失敗する。そのとき赤穂(播州だよ播州)商人の助言により、製塩を手掛けるようになった。ここで作られた塩は全国に送られ、当地産の塩を購入することを「竹原を買う」と呼んだ。竹原には製塩で一財を築くものたちが現れ、彼らの屋敷をはじめ、江戸期の如き街並みが現代に残ることになった。昭和57年には重要伝統的建造物群保存地区となる。
また地元の竹鶴酒造の一族である竹鶴政孝は、彼によってニッカウヰスキーが生まれたことから、日本ウイスキーの父と呼ばれる。そういえば秋からのNHK朝ドラで、彼ら夫妻(奥さんはイギリス人であった)を中心に据えるようである。

さて、先の画像はその街並みからはほんの少し外れたところである。勿論建物が江戸の様式というわけでもない。しかしこの建物が、今日私がこの場所を訪れた理由を物語るのである。
そう、某作品を視聴した所為である。その作品の舞台が竹原なのが悪いのである。こんなの、来るしかないじゃないか(尤も、第二期のもあぐれっしぶは未視聴、なので)。
オーブの飛んだ写真を撮ることに定評のある主人公やその他登場人物と異なり、特に写真技術やカメラに詳しくはなく、ケータイのお粗末画質で満足しながら町の中を歩く。

おや、ここはもしかして……。
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作中で「ほぼろ」という名のお好み焼屋さんが登場する。外観もそっくりなここは、しかも実際にお好み焼屋が営業されているのだ。現実では「ほり川」という店名であるが。
確か作中では松来未祐がCVを務める女性がお好み焼を焼いていた。取りあえずまつらいさんは結婚していただきたい。
保存地区の背後をとるかのように存在する山には西方寺が建つ。山門を登ると本堂があるが、右手にはなお石段が続く。
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その先の建物が普明閣である。歴史は新しいものの、朱に塗られた特徴的な色遣いとここからの景色とで、竹原に来たからには外せない場所たる位置づけである。無論作中で登場。
ここからは竹原を一望できる。海側に目を向けると巨大な煙突が一本、すっくとそびえたっていた。
この煙突も作中で(以下略)

さて、前回の伊豆の旅に比べて私の準備は杜撰であった。私の分身を連れてくるのを忘れたこともそうだが、何よりもケータイの充電をせずに来たことである。竹原に到着して2、30分と経たぬうちにケータイ氏は「イヤン、イヤンセル」と動かなくなった。あまりにも早速の感があるが、以降は画像は存在しない。尤も、需要があったかが疑問である。

今少し山近くのスポットを挙げるとすればお抱え地蔵だろうか。
山腹の小さなお社にそれはある。願いを思い浮かべながら持ち上げて、予想より軽ければ願いがかなうという代物である。
……重たかったですが、何か? 願い事は書きませんよ。
私が重そうにしているのをくみ取ったか、横から父に「彼女はまだ先か?」と言われる。うるせぇ。
お堂には帳面が置いてあった。ここに来た人の願い事であろう文章がつらつらと書かれてある。予想通りというかなんというか、「まつらいさんが結婚できますように」との祈念文を幾つと見かけた。やはりまつらいさんは早く結婚するべきである。

かつて財を成した人々の屋敷が町に数か所あり、公開されている。時期折しも雛祭りの季節(若干過ぎたとか言ってはいけない)。お屋敷内にはひな人形が飾ってあった。
言うまでもなく作ちゅ(以下略)の笠井邸の二階にも、立派な雛壇が幾つもあった。
そんな二階には、やはり観光客が記帳するのであろう、ノートが机に置かれていた。パラパラとめくってみる。当然、某作に関係した書き込みが多い。
時期折しも、作中で主要キャラクターの声優を担当した儀武ゆう子が結婚を発表した。「儀武さん結婚おめでとう」の書き込みが見かけられた。少し前であったら、同じく主要キャラを演じた阿澄佳奈の結婚を祝う文章が踊っていたのだろう。何が何でもまつらいさんは結婚するしかない。
笠井邸入口に座っていた、ボランティアと思しき女性と話す。
二階の窓からは保存地区が見えるのであるが、一軒、街並みにそぐわない近代的な建物が目に入る。彼女曰く、保存地区指定の10年ほど前に改装されたものとのこと。
そこは仕出し屋さんである。一昔前であれば、町の仕出し屋の存在意義など問うまでもないことである。それに、住人にとっては自分の生活が第一であり、文化という名のもとに健康な生活が侵されるのは本末転倒である。坂口安吾の日本文化私観を引用するまでもなく、我々の生活が健康である限り、我々の文化は健康なのである。
……と、「俺今学問しているわー」状態であった私の横で、父がその女性としゃべる。
「前にもここに来たことあったんですが、急に息子が竹原に行きたいと言い出しましてね」
だめだ父よ、それを言ってはいけない。
案の定、女性は得心顔で答える。
「『たまゆら』ってアニメでここが舞台になりましたからねぇ。イベントやると、800人くらい集まったりするんですよ。まぁほとんどが男子なんですけどね」
ほら、多分今彼女の中でその「男子」に私がカテゴライズされたんだ。うわーん、誤解だ、二期すら観ていないにわかなのにー!

作中と同様に広がっていた風景に、「たけはらマジたまゆら」との感想を胸に抱いて竹原に別れを告げた。
少し東に戻り、尾道(ここにも寄る予定であったが、竹原に予想外に時間をとられたため断念。この地も中学生が神様をやる作品の舞台だが、それが理由で寄ろうとしたわけでないことを記しておく)からしまなみ海道で瀬戸内を渡る。
大島北ICで下り、村上水軍博物館へ立ち寄った。名称の通り、村上水軍についての様々な展示がされていた。

瀬戸内海といえば村上水軍である。海上を縄張りとした彼らは因島・能島・来島にそれぞれ拠点を置く三つに分かれた。うち、最も本州に近い因島村上氏は毛利氏の有力な水軍となり、四国側の来島村上氏は早い段階で河野氏と結んだ。
最有力の能島村上氏は独立性が高く、戦国期の村上武吉・元吉親子の頃に最大版図となるも、秀吉の四国平定で毛利の臣となった。関が原後には毛利氏と共に周防に移り、芸予諸島から離れることとなった。
能島村上の拠点であった能島城は小さな島であり、現在では木が茂るが、海城としては唯一の国史跡である。

塩チョコレートをかじりながら、四石の米を買いかねることもなく無事に今治に着く。
次なる目的地は今治城である。忘れている方もいようが、私の趣味はアニメ鑑賞でなく戦国時代である。この旅の主目的は城めぐりであり、断じて聖地巡礼ではないのだ。

今治城は藤堂高虎の手による。関ケ原合戦後伊予半国を与えられ、堀に海水を引き入れた海城が築かれた。
当城の天守は丹波亀山城に移築されたそうで、現在は復元天守が建つ。だが石垣はほぼ築城当時のもので、高さは15メートルほど。
天守再建に際して多額の寄付をしたのが造船、それからタオルである。今治は国内最大のタオル産地なのだ。

夕暮れが迫る中、松山市内に着いた。松山となれば、行くべき城はお分かりのとおりである。そう、湯築城だ。
え、伊予松山城? うん、確かに現存12天守に数えられているけど寄らないよ? もう時間ないから。それに前登城したことあるから。

松山城からほど近く。道後公園として整備されている場所が湯築城跡だ。
伊予守護河野氏の居城で、築城は南北朝期にさかのぼるといわれる。一時は阿波の細川氏に敗れ占拠されるも、後に守護職ともども奪い返すことに成功した。
しかしお家騒動や内紛を繰り返し、国内での安定統治に苦慮するうちに、秀吉の命を受けた小早川隆景(毛利元就の子。前述の竹原を本拠とする小早川氏を継いだ)に降伏。以後は廃城となった。現在は国史跡。

足を伸ばして道後温泉本館を見に行く。道後温泉でもシンボルのポジションであるあの有名な場所である。
何かの祭りだったのだろうか。建物にはぼんぼりが数多くつられていた。
ぼんぼっている本館の入口には列が出来ていた。「こちら最後尾です」とプラカードを掲げている人までいる。何かのアトラクションかよ。
そんなにぎわいぶりを尻目に、貧乏に定評のある三宅家はこの日、松山市内のビジネスホテルに泊まるのだが。いや、ここも以前来たことあるから。べ、別に羨ましくなんてないんだからねッ!

1日目終了なので、それではこの辺で。
2日目以降を書くかどうかは謎。あと竹原の話が多くを占めたから、戦国時代が趣味という言葉に説得力が感じられない。

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2014年03月20日

昇段の局


 10か月ぶりN回目の初段。明日卒業式の稲垣です。

 嬉しかったので、再登板しました。強制的に苦手な角替わりになりましたが、無理攻めを通して勝ちました。棋譜を載せて終わります。

【棋譜】昇段の局(2014年03月20日、将棋倶楽部24R対局)
 http://noike.info/~kenzi/cgi-bin/kifup/2014/03/2014-03-20--15-13-00--797439/index.html 

 リンクをクリックすると、動く将棋盤で再生されます。また、「棋譜ぺったん」さんのサイトを利用させて頂きました。ありがとうございます。m(__)m


 以上です。4月までに将棋の話題があれば、再登場します。


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2014年03月16日

今一番ほしいもの、棋力

2回生から本気出す。一回生の山下です。

追いコンお疲れ様でした。自分が幹事としてやらせてもらいましたが、拙いところが多かったので、失敗は今後に生かしたいと思っています。
そして、自分がDSK次期幹事長となることがほぼ決定事項のようです。なるからにはしっかり引っ張っていきたいと思いますので、現先輩方は今後ともよろしくお願いいたします。少しの間ですがお世話になった卒業生のみなさんは安心して現回生に任せてもらえればと思います。

追いコンの話を少し。追いコンでは4回生方の話も聴くことができ、同回先輩との仲も深まり、いい追いコンになりました。そして夜も更け、2次会どうする?という流れになったとき、飲み・カラオケ・ボーリングという選択肢がおそらく聞こえるはずなんですが(聞こえたかもしれませんが)、4回生方の「将棋」という選択肢には驚かされました!さすが先輩方、その熱意あってこその将棋研究会なんでしょうね。夜遅くまでお疲れ様でした。

実は、自分はもうすぐ2回生になるのですがこのブログには初めてお世話になります。同回のT岡にあれだけ露骨に催促されたら書かざるを得ないですね。

最後に、4回生の方々、ありがとうございました。
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2014年03月06日

旅立ちの日に

具体的には何もしませんが世界征服を謀っています。 1回生の辻岡です。   みや、みや、みやb……みゃー! バカな人が書いたおバカな記事が見れなくなったようですね。 一体全体、誰がそんな記事を投稿したのか…考えるだけで悪寒がします()


先日、追いコンがありました。私は4回生の部員の方々、特に京田辺校地の先輩方に何回も将棋を教えて頂いたので、もちろん参加させていただきました。  詳しい話は次期幹事長氏がブログに書いてくれると思うので、首を長くして待っておきましょう。
会の冒頭、4回生の方々が自身の4年間を総括していて、感慨深いものがありました。自分が3年後同じ場所に立ったとき未だ見ぬ後輩たちに対して何を伝えることができるのか、先輩方のように結果を残すことができるのか。 「4年間は思ったよりも短い」。この言葉どおり強い意識を持って残りの学生生活に臨まなければならないと感じました。

4回生の方々、お疲れ様でした。 ではでは。
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2014年03月03日

2014同志社将棋研究会追い出しコンパを終えて


 やる気全一は後の全一。4回生の稲垣です。

 下級生の方々、楽しい会とプレゼントをありがとうございます。これで春から心置き無く社会人になれます。最後に覚えておいて欲しいことを挙げて、僕の記事を終えることにします。あくまでもこれは元幹事長の立場で言っている訳ではなく、個人として言っているものです。そのところ勘違いしないようにお願いします。

@やる気全一は後の全一。(参考:ニコニコ大百科の関連用語の項)
Aやる気スイッチの入れ方を見つけましょう。
 僕は同じくらいの棋力の同期に対策勝ちをした時にスイッチが入ります。某氏はNHK杯を見ると入ると言っています。因みに僕はNHKを見ると絶対寝ます。
B単位はとてつもなく大事。将棋のしすぎで単位を落とさないようにしましょう。
C視野を広げましょう。将棋マシーンにならないように。他の分野に触れることで、将棋にも応用できたりと様々な効果があります。
D同期を大切にしましょう。これからも長らく付き合っていく人たちです。また、彼らは腹を割って話せる貴重な友達です。
E運営にも興味を持ちましょう。できたら助けてあげましょう。一人に押しつけるのは負担になります。
F将棋以外のことでも全力で取り組みましょう。ゼミや研究室やバイトなどなどです。そうしないと何も身に付かないし、後悔します。

 以上です。4年間ありがとうございました。
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2014年03月02日

2014年クラブカップ対局記


 1時間かけて書いた記事がパソコンのフリーズで消えました。4回生の稲垣です。

 今回は短めに。実家の三重から参戦しました。1局目は不戦勝。2局目は中学生にボコられ死亡。3局目は今年の小学生準名人にクソ戦法を的確に咎められ死亡。
 これからは▲7六歩△3四歩▲2六歩△2四歩▲4八銀なら、銀冠を目指すのは止めて、中飛車にします。PLANができたので、次はDOといいたいことろですが、生憎社会人になるので、DOまで行くのでしょうか?PDCAサイクルはもう回せないのか?そうすると棋力は止まるぞ。

 昨日はひとつ嬉しいことがありました。帰りは2人の1回生と一緒でした。彼らがこれからの将棋研究会の運営を主に担当することになったのでしょう。僕に色々と聞いてくれるんですよ。しかも、彼ら自身がこうしたいとか、ここはどうなっているのか?と問題意識を持っているんですよ。驚きましたよ。もう彼らに任せておけば安心だと思いました。追いコンで運営に関して言うことを考えていたんですが、言う必要はなさそうです。1回生で助け合って、分からないことは前幹事長氏に聞けば良し。
 彼らなら、良い組織にしてくれるでしょう。僕が社会人になって、社畜になってなかったら、1軍戦を観戦しにいくので、その時に見せてもらいましょう。棋力・成績としてという意味ではなくて、組織としてという意味です。念のため。
 また、「無視・称賛・非難」(参考1野村克也名言集)という言葉も覚えておきましょう。ただ、この言葉は褒めて恥ずかしいのを隠すために使っただけという説もあります。

 ではでは、このへんで失礼します。

 
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2014年02月27日

雑記 part129


 順調に調整中のはず。4回生の稲垣です。

 最初は、3月1日の大会前にすることのリストを作る。自分用のメモです。どうせ新幹線の中で暇になって、将棋研究会のHPを見るはずなので、その時に思い出すためです。
【やること】
@最寄駅(JR元町駅)から会場(読売神戸ビル)までの経路を再確認すること。(参考ページ:関西将棋連盟HP
A角頭歩戦法の序盤戦術を某HPで確認すること。
Bヘタレにならないように言い聞かせること。自分は強いと暗示にかけること。

 最近は大会に向けて実践を積んでいました。そのおかげか、苦手な戦法がハッキリと分かりました。それだけでも収穫です。苦手な戦法に遭遇しないようにすればいいのです。Rはそこそこ戻しました(しかし、まだ弱い)。大会の目標としましては、3対局以上対局することは確定しているので、2勝以上としておきます。

 将棋の話は終わり。次は資格の話。
 BATICは教科書を見ながら、問題集と過去問の解答を作る作業の途中です。その作業の進捗率は80%で、予定通りにいけば、3月2日の追いコンの前に終わります。次の段階としては、過去問をしっかり理解して自分の力で解けるようにすることです。この作業は3月末までに終える予定です。

 最近、佐藤優さんの『サバイバル宗教論』(文春新書、2014)と出口治明さんの『仕事に効く教養としての「世界史」』(祥伝社、2014)を読みました。自分があまりにも宗教・世界史・日本史・哲学について無知なことが分かりました。そして、知っている人の解説を聞けばとても面白い世界があるということに気付きました。ということで、3月はそのへんを勉強することにします。

 ではでは、このへんでさようなら。m(__)m
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